
山の中に来ていた。
熊と戦って勝てる気がしないから、しばらく山には分け入っていない。それでもこういう山間部でもちょっと怖い。パワー系で言葉が通じないタイプの快楽殺人犯だわ。
眠れない日には神経に来るような、昔の不気味な未解決事件(加茂前ゆきちゃん失踪事件とか)と一緒に三毛別事件などの熊害事件も読んだりして「あー怖かった」とスッキリしてから横になるという趣味もあり、熊の恐怖はまあまあ詳しい。人間も熊も増えすぎるとロクなことにならないからな。
この辺りは今はおそらく過疎の長閑な集落となっているが、ずっと昔は大きな集落だったらしい。ここ旧中牧村には少なくとも二つのお城(大月城・蟻ヶ城)が残されている。
そして蟻ヶ城のあった山の麓には百体の石仏(観音像)が寄進されているという凄い場所だった。観ノ山百体観音というらしい。秩父三十四番・関東三十三番・西国三十三番の各霊場を巡礼してきた人達が山に建てたという。一番古い元号が天保13(1842)年だそうで、それ以前からあったとされている。

このお堂は、観ノ山百体観音エリアの南側にある。現在は興亜聖観音堂という名前だが、それ以前は多分違う名前だったんじゃないかと思う。蟻ヶ城の南西方向長野長野県道12号線という主要地方道沿いにある。おそらくこの道は古くからある街道だったと思う。
今のところ、「子宝祈願の観音」ということしか分からない。

お堂はあるものの、どうも仏様も無住のような気がするからだ。

お堂の周りは葛だかが覆い繁っており、人が近づいている形跡もなし。


この辺りは平場があり館を作るにもいいし。奥に見えるのが蟻ヶ城かしら?

ここは石段があるらしい。周りは荒れているのに、お堂の建物はそこまで酷くなさそう。手入れされているのか(されてないと思うが、微妙なところ)。

とんでもない山の中だったが、わりと頻繁に県外ナンバーを見かけた。さすが主要地方道。
観ノ山百体観音とは関係なさそうだが、ひょっとしたら何かあるのかもしれないし。謎が謎を呼ぶ。グーグルマップには名前載っているのに現地には看板ひとつないわ。
★☆☆☆☆
けっきょく、なんなのか今も分からない観音堂であった。
<興亜聖観音堂>
不明