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お城めぐり

ちびっこ同伴で気軽に行けるお城(+神社仏閣、古い遺跡)の記録。ちびっこ連れでの個人的な感想と難易度を★であらわしてみました。

麻績神明宮

麻績神明宮という神社、去年も来たけど改修工事中だった。1年たてば終わっているだろうと思い、お参りに行ってみた。

結論からいうと、まだ改修工事終わってなかった。いつ終わるのか…調べては見たけどちょっとよく分からず。2011年に文化庁の視察があったこと、その後に改修工事の予算がつきそう、という記事を見つけたが、それから5年。改修はまだ1年くらいかかるのかねぇ。

この神社の5棟の建物が国の重要文化財に指定されており、改修しているのはそれら建物らしい。

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拝殿や本殿は修復済みのようだ。

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「改修に差し障りがある」という理由で大杉を一本伐採したとのこと。拝殿と本殿の間に生えていたようだ。切り株のみがドーンとあるので、ちょっとびっくりした。さすがに取り除くことはしないのね。切り株の奥が本殿です。

 

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仮殿。こちらも改修済み。今回のように本殿を改修したり、あるいは新しく建て直す場合、神様にお移りしていただく場所。長野県内では仮殿が独立している神社はココだけ、という感じで珍しいものだそう。本殿と同じ形式のもので(本殿と違い、拝殿がない)素朴な印象。

ここはとても古い神社。神明宮は天照大神を祭神とする。数年前、伊勢神宮式年遷宮があった。ここと同じく(あたりまえだけど)本殿の建築様式は同じく神明造り。伊勢神宮は行く機会があったものの、その時の同行者に一人ひどすぎるのがいたため断ってしまい、まだお参りに行ってない。けど、麻績神明宮は伊勢神宮と同じ種類の建物ならお伊勢参り気分に浸れるね。

本殿の裏は森だった。

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昔からこんな感じの雑木林なんだろうな、と思わせるなんとなく人の手が入ってる風の森。遊歩道があったがどこへ連れていかれるのやら?

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途中で行き止まりじゃないの? と思って止めた。スタート地点こんなん↑だし。

 

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摂社たくさん。さすがは古い神社。

 

麻績神明宮は、長暦2(1038)年に麻績御厨が成立したことで創建された。御厨は神様の台所→神様へのお供え物を供給するための土地を意味し、このあたり一帯が伊勢神宮の荘園となった。伊勢神宮の土地なので、当然のように伊勢神宮から天照大御神を勧請し、この地に祀って麻績神明宮ができた。

地元の川中島の御厨も大きそうだったけど、麻績御厨が信濃国の中で一番規模が大きかったようだ。そもそも「麻績」って初見で読めないくらいだし、麻績御厨が成立する以前から結構古くから人が住んでる豊かな土地だったんじゃないのー? と思うけどどうなんだろ?

麻績の意味は「青麻(あおそ)を績むこと/績む人」らしい。「青麻を湿らしながら指先で細かく裂いて、よってつなぐ」=績む、となり、どうやら麻から糸を紡ぐことを指しているようだ。言葉自体は万葉集にも出てくるので、古代では重要な産業だったのかもしれない。

ここは麻の産地だったんだな、と分かった。麻で作った布は平安時代頃には信濃布と呼ばれていた程で、一大産地だったようだ。「信濃布」とは元は国名の由来でもある科の木の繊維で織られた布を指していたようだ。麻もよく育つためか、麻布(当時は高級品)も生産されるようになり、信濃の年貢はほぼ布で納められたとか。信濃国東山道が走っているし、麻績も東山道支道が通っているので国に納税するにも便利な場所。調布(租庸調という税のカテゴリのうち調は繊維製品を指す)2万反、庸布(成人男性に課せられた労役の代わりとして布を納めた)4万反、商布(交易用の布)7500反を国に納めていたそうな。古代では1反を幅9寸5分(約29cm)~1尺(約30cm)、長さ2丈8尺(約8.5m)~3丈(約9.1m)としていたようだ。

 

神社の歴史は古いが、建物は江戸期のもの。

本殿:貞享元(1684)年

仮殿:宝暦10(1760)年

拝殿:天保11(1840)年

神楽殿:元禄11(1698)年

舞台:天明3(1783)年

この5つが重文で、改修が終わっていないのが神楽殿と舞台。ブルーシートで覆われていたので中身はあんまり見えなかったけど、一旦バラして組み直すっぽい。なんか意外なものでも発見されたら面白いのにな…沖縄のお城跡みたいに3~4世紀の古代ローマのコインが出てくるとかさ、うわーってなるよ?

 

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二ノ鳥居付近。たまにこの手の橋を神社で見るけど、けっこう渡りづらそうよね。無理して作らなくても、とつい思ってしまう。神事に関係あるとかなら仕方ないのかー。

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修復中の舞台(ブルーシートの向こう)と境内を示すお堀。お堀にはでかいカエルがうろうろしてた。

 

 

 ★★★☆☆

改修工事さ、いつ終わるのよ…?

 

<麻績神明宮>

創建年 長暦2(1038)年以降

御祭神 天照大御神

 

 

 

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一ノ鳥居と二ノ鳥居の間にある祠群。何を祀っているのだろうと気になり、この祠を見て回る。江戸時代の元号天明や文化など)の日付、名前+官職名、年齢が彫ってあるものもあった。なんなのこれは? と考えたが。名前、すべて同じ名字だった。

つまりはここの神主のお墓? 神道式のお墓というのは見たことがないし(ぐぐってみたけどこんな形じゃなかったぞ)、神社の境内ではない(境内に祀ると神様になってしまうんだろうか)けど隣接した部分に葬るのだろうか。神主さんたちが奉納した祠とも考えたけど、じゃあそれが境内に入ってない理由がよく分からない。…えええーやっぱりお墓?

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