お城めぐり

ちびっこ同伴で気軽に行けるお城(+神社仏閣、古い遺跡)の記録。ちびっこ連れでの個人的な感想と難易度を★であらわしてみました。

大宮神社

もう山もオンシーズンになっているはずだが、熊害で生きて戻れる気がしないので登ってない。つまらん、そして鍛えたい痩せたい。

 

大宮神社。旧森村の(おそらく)村社だったであろう立派な神社だった。

境内の木々を見ただけでも古い神社のように思えるが、昔は「大宮神社」という社号の神社はなかったようだ。以前は違う名前だったのかな。

 

この時期、参拝者が増え始める岡地天満宮が近くにあるようだ。受験生が鉛筆借りに来るで有名。

 

こんな立派な欅並木があるんだから、由緒ある神社だったと思うんだけどなー。

鳥居の扁額も「大宮神社」。こちらは一の鳥居のようで、奥にも鳥居がある。

参道の石灯籠もある。

こちらも何基かあるようだ。

こちらは一部文字が消えて見えなくなってきているが、多分文政3(1820)年だと思われる。200年以上前の灯籠だ。わりと華奢な造りだな。

参道の途中に何かの建物があった。宝物庫? 

平和神社って書いてあった。摂社かな。

入り口の石柱には「大正十四年建設」「大婚二十五年記念」と彫られていた。大正天皇皇后の銀婚式(結婚二十五周年)の記念に建てられた神社のようだ。明治天皇が大婚二十五年祝典を執り行ったことで銀婚式・金婚式のお祝いが一般にも広がり、こうして大正天皇・皇后の銀婚式を各地でお祝いしていたのかもしれない。

二ノ鳥居が見えた。扁額は大宮社のようだ。

こちらの灯籠はさき見た200年前の灯籠よりガッシリしている。こちらは天保14(1843)年。少し時代が下った。

こちらの灯籠は文化2(1805)年に寄進されたもののようだ。最初に見た物より古い。

 

二ノ鳥居をくぐり、ついに本殿へ。

この先は灯籠の他、狛犬もいる。

ちょっとデザインが前より違う気がする。こちらの灯籠には「戦捷祈願」「昭和十三年」とあった。モダンな感じするわ。

こっちの狛犬たちも戦捷祈願とか皇紀二千六百年記念とかなのか。

やはり「昭和十三年」と彫られている。昭和13(1938)年はいわゆる支那事変の最中で中国と戦っていた時期のようだ。まだ第2次世界大戦は始まっていない。

こんな祠もあり、こちらには「昭和四十四年」と彫られていた。小人のおうちみたいななんとも言えないかわいらしさ。

 

御神木という木もあった。

この大木は何度か雷落ちてしまい、無残なことになってしまっている。でも枯れていない。

木の案内板にはいくつか重要なことが書かれていた。

  • この欅は三社合祀される前から存在し、この辺りでも稀な巨木である
  • 樹齢は900年以上

大宮神社は三社合祀されているようだ。

調べると、旧森村の村社だった「大穴神社」「阿賀多神社」「古清水神社」の三社を合祀し「旧阿賀多神社」の境内に改めて建てたものが大宮神社だという。

長野縣町村誌によれば、

とあった。

三社とも御祭神は様々だった。被っている健御名方命大宮神社での主祭神なのか(元の阿賀多神社では主祭神だな)、本殿の前には御柱が立っていた。

三社を合祀したとあるが、おそらくそれぞれの神社に居たであろう摂社がない。神様達は皆社殿に祀られてしまったのだろうか。

拝殿の裏には、本殿と他に二社あった。この二社が合祀された「大穴神社」「古清水神社」なのかな?

拝殿でのお参りの際に5円玉を3枚入れてしまったのです。三社合祀っていうからさ。

 

天満宮

祠跡?

大正10(1921)年の石柱。多分電灯が点くやつ。

小さな祠や本殿の背後にあった2つの社殿も実際は何の神様か分からなかった。とはいえ江戸時代からの寄進も多く、社殿が大きく管理も行き届いている。

 


★★★★☆

お参りに来たことは良かったと思っているけど、ヨソから来てごめんとも思った。

 

 

大宮神社

創建年 明治時代?